99.9 -刑事専門弁護士- 最終回を終えて

毎週ほんとうに楽しみで仕方なかったドラマが終わってしまいました。
ひっかかってたことに自分なりの答えを出すことができて嬉しいので、書いてみます。

1話導入部、不敵で自信に満ちた顔で放った「絶対に不可能です」の印象が強くて、検察に吠えづらかかせるという、快楽を求めて刑事弁護を続けてる人なのだと捉えていました。それこそ、ワクワクしながら接見に行く様子とか、ホームレスの人を待つために一緒に寝泊まりするのを”趣味だ”と評されたように、クソみたいな本当の罪人とかも弁護しなきゃならない仕事を、それにかえても事実を暴くカタルシスが好きでやっているのだと。

それが、最終回のクライマックス、滔々と胸に迫る弁論、さらに大友検事正との対峙で初めて、理不尽さや間違った正義への激しい怒りを現したことで、そこまでの9話分のすべてが腑に落ちた感があって、うわーー巧みな脚本だったーーー!って思ったの。

正直なところ、法廷でひっくり返したり弁護チームで真犯人を見つけたりワインのシミが無いことをスルーしたりetc、そんなに警察は無能だろうか?と首を傾げるトリックの抜けが毎回目立つなあって思ってた。事務所の面々の関係性が楽しく育ってくのと並行して、緻密さを求める作品ではないと捉えて目をつぶってた部分もある。私はそれでも楽しめるけど、ひっかかってた一般視聴者はきっと多いだろうし、なんならそれが原因で離脱した人もいるだろうと、心の中で思っていた。

それが最終回を経て、現役の弁護士の方のコラムを拝読して、このドラマの主題を完璧に理解したつもりになって満足しています。笑

https://twitter.com/oguchilaw/status/744550360618983424

「10人の罪人を逃しても、1人の無辜を処罰することなかれ」

作中で、抜けに見えるように描いた警察捜査の甘さや、裏付け不十分のまま起訴する検察が存在することのありえなさを感じるとき。
それが、実はある日簡単に自分や近しい人に起こり得る、ありえないことなど無い、「処罰した人の中に無実の人がいてはならない」と解釈を反転させた現代の刑事裁判を取り巻く状況を、わざと、いやというほど手をかえ事件をかえ構図をかえ訴えかけるためのもので。
9話まで相手の甘さを説明しないことでミスリードや視聴者離れをうみかねないけれども、深山の感情の爆発を最後に配置したことで、油断しきって”深山変人すぎカワイイ♡佐田先生良い人〜!彩乃さん頑張れ!ダジャレくだらね〜けどウケるー”と、人物描写やネタの宝庫に若干の麻痺を起こしてる視聴者に、ゾクゾクっとするようなギャップを与え鮮烈さを植え付ける全10話だったのだと思った。最終弁論の一言一句、ひとしずくも零さず飲み込んだ。これは忘れない。

ありえないと思っても起こること。
早期逮捕に走り十分な裏付けをしない警察。筋書きを覆すわけにいかない検察は、自白を強要し無実の人の人生を狂わせる。

一方で、国家権力だけが問題かというと私はそうではないと思う。起こったことに必要以上の色付けをする報道、勝手に想像して決めつける世論、っていう現実もある。

「目で見て、耳で聞いて、考える」と説いた深山の必死の訴えに、警察検察だけでなく全国民が耳を傾けてくれること。すごくシンプルだけど、それがこのドラマを作った目的だったんだと思った。いろいろ脱線するように見せかけて、終結にむけてスッと一本通った清々しい作品だった。
お父さんの冤罪は晴れてないし続編があればそりゃ嬉しいけど、こうして見ると、すごくきれいに終わっているように見える。うーん、流れにおまかせしようかな笑。

改めて、99.9 刑事専門弁護士
スタッフキャストの皆さん完走おめでとうございました!
今年の民放TOPの視聴率を記録して、主題をしっかりと理解したいま私はモーレツに嬉しい!!!たくさんの人に、感じてほしいです。

松本潤 marks 2016
彼の代表作の一つに連ねられることを、1ファンとして誇りに思います。
松本さん、お疲れさま。
いつも幸せを、喜びをくれてありがとう。